1957年4月東大文学部美学科を中心に、学生数人が集まり、演劇の源流と言える古代ギリシア悲劇の研究が始まった。ギリシア悲劇を書物の上で研究するだけでなく、実際に上演することで「演劇」として有機的に研究すべく、公演が企図された。
1958年1月に東大の学生サークルとして正式に認められ「東京大学ギリシア悲劇研究会(通称・ギリ研)」が誕生した。研究上演として最初に取り上げられたのはソポクレース作『オイディプース王』で、翻訳台本は会員の手で新しく訳された。
研究会の集い(右端:久保正彰)
公演は6月2日、日比谷公園野外大音楽堂(日比谷野音)で行われた。できる限り「古代様式の復元」を目指した上演は、野外円形劇場のオルケストラに15名のコロスを登場させ、悲劇理解にとって大きな課題であるコロスの意味や役割を問う研究公演であった。
日比谷野音での『オイディプース 王』の稽古。
オイディプース とイオカステー
第1回公演「オイディプース 王」1958年
初回にもかかわらず、日比谷野音には三千人を超す観客が集まり満員となった。
朝日新聞社が後援し、朝日新聞は以後第9回公演まで後援した。
後日、公演をめぐる反省、批評の座談会を行い、座談会の内容は上演台本等とともに会誌『ギリシャ悲劇研究 1』にまとめられた。(会誌は以後5号まで発行された。)
翌年1959年5月30日、第2回公演として同じくソポクレースの『アンティゴネー』を上演した。
第2回公演『アンティゴネー』1959年
この公演までは仮面を使用しない上演であったが、公演後の反省と議論によって、ギリシア悲劇における仮面使用の必然性が確認され、よって以後は仮面での上演を行うことになった。(参照:会誌『ギリシヤ悲劇研究 2』仮面をつうじて・久保正彰、『ギリシヤ悲劇研究 3』仮面の誕生・高橋武雄)
仮面の制作『縛られたプロメーテウス』のイーオーとコロスの仮面。
1960年、第3回公演アイスキュロス作『縛られたプロメーテウス』は、公演を二日に増やし6月4日、5日にわたって行われた。仮面による初めての上演であった。
コロスの稽古(振付は石田種生:中央)
第3回公演「縛られたプロメーテウス」1960年
第4回公演は、1961年6月3日、4日で、アイスキュロス作『アガメムノーン』を上演した。この時12名のコロスを会員自身が演じ、舞唱した。すでに初夏の夕べの恒例となりつつあった野音での公演は、1枚100円のチケットが5947枚売れ、二日間で6000人を超すという学生演劇では異例の観客動員となった。
第4回公演『アガメムノーン』1961年 クリュタイメーストラーとアイギストス
1962年5月26日、28日に第5回公演ソポクレース作『ピロクテーテース』が日比谷野音で上演され、6月5日に共立講堂でも上演された。この時もコロスを会員が演じた。
第5回公演『ピロクテーテース』1962年
共立講堂での『ピロクテーテース』の上演
1963年第6回公演では会として初めてエウリーピデースを取り上げ『トロイアの女』を上演した。
第6回公演『トロイアの女』1963年
1964年の第7回公演は、さらにエウリーピデースを取り上げ『へーラクレース』を上演した。
第7回公演『へーラクレース』1964年
1965年第8回公演はアイスキュロス作『ペルサイ』を上演した。
第8回公演『ペルサイ』1965年
1966年第9回公演エウリーピデース作『バッコスの女たち』では、俳優が男性3人に限定されていた古代にならい、役者がいくつかの役を兼ねる、いわゆる「三人俳優」を再現した。
第9回公演『バッコスの女たち』1966年
1968年第10回公演アイスキュロス作『救いを求める女たち』は、会場を田園コロシアムに移し、古代ギリシアと同様昼間太陽のもとで上演した。コロスは会員自身が演じ、歌と踊りを半年かけて、合宿などで訓練した。アテーナイの市民が一年間訓練を重ねてコロスを演じたことにならい、それを少しでも追体験する目的であった。
会員によるコロスの稽古
第10回公演『救いを求める女たち』1968年
1970年第11回公演アイスキュロス作『テーバイ攻めの七将』は、会場は千代田区公会堂の屋内舞台で、最後の公演となった。これをもって、およそ14年にわたる研究会の実質的活動は終了した。
第11回公演『テーバイを攻める七将』1970年
2017年10月14日:成城学園創立百周年記念行事の一環として、成城大学文芸学部の主催で、講演会「古代ギリシア、遥かな呼び声にひかれて」が開催された。副題は「東京大学ギリシア悲劇研究会から、演劇・映画・学術研究の道へ」であった。
第一部 | |
ギリシア悲劇研究会の歩み | ・・細井雄介 |
<講演> | |
古代ギリシア---遙かな呼び声にひかれて | ・・久保正彰 |
<ギリ研>から映画へ---監督業の半生 | ・・中島貞夫 |
古代の叫びと近代の沈黙 | ・・毛利三彌 |
第二部 <座談会> 久保・中島・毛利 (司会)細井
2019年3月、先の講演会の記録をもとに、過去のギリシア悲劇研究会の活動を記録した本『古代ギリシア 遥かな呼び声にひかれて』(毛利三彌・細井敦子編、論創社)が、成城学園の支援のもと出版された。ギリシア悲劇研究会創立からの各公演の詳細な記録が、会員へのインタビューとともに記されている。
2019年5月25日、『古代ギリシア 遥かな呼び声にひかれて』出版記念会 兼 同窓会が成城学園内で催された。
元出演者(林洋子・岡本隆生)による『アガメムノーン』の一部朗読が行われた。